富山地方裁判所 平成5年(行ウ)2号 判決 1994年6月29日
原告
岩場達夫
右訴訟代理人弁護士
水谷敏彦
被告
富山地方法務局登記官
吉﨑健治
右指定代理人
玉越義雄
外七名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告が原告に対し平成五年一月二一日付けでなした不動産登記簿謄本交付請求を却下する旨の処分を取り消す。
第二 事案の概要
本件は、原告の土地登記簿謄本一通の交付請求を手数料不足であることを理由として却下した登記官の処分につき、政令に右手数料の額の定めを委任する法律の違憲又は右政令の違法を理由に、取消しを求めた事案である。
一 当事者間に争いのない事実
1 原告は、平成五年一月一八日、手数料として登記印紙六〇〇円を貼付した登記簿謄本交付申請書を、郵送料としての郵券六二円を同封したうえ富山地方法務局宛に郵送し、富山市金屋字孫八所在二〇九八番の土地の登記簿謄本一通の交付請求をした。
2 被告は、同月二一日付けで、登記手数料令二条一項の規定する手数料(以下「本件手数料」という。)が二〇〇円不足であることを理由に、原告の右請求を却下した(以下「本件処分」という。)。
3 被告が右処分の根拠とする登記手数料令二条一項の規定は、不動産登記法二一条三項及び一五一条ノ三第六項、商業登記法一三条一項及び一一三条の五第一項並びに電子情報処理組織による登記事務処理の円滑化のための措置等に関する法律三条三項の規定(以下、右各規定を総称して「本件根拠法」又は「本件政令の根拠法」という。)に基づき、平成四年一〇月二一日政令三四二号「登記手数料令及び鉱害賠償登録令の一部を改正する政令」(以下「本件政令」という。)によって改正され、平成五年一月一日から施行されたものである。
二 原告の主張
1 本件政令の根拠法は、次のとおり日本国憲法四一条、三一条及び八四条に違反し、無効なものであり、それに基づく本件政令も無効であるから、本件政令を根拠としてなされた本件処分は違憲である。
(一) 本件政令の根拠法の憲法四一条違反
本件政令はいわゆる委任命令であるところ、その委任根拠である本件根拠法には、いずれも「手数料ノ額ハ物価ノ状況登記簿ノ謄本ノ交付等ニ要スル実費其ノ他一切ノ事情ヲ考慮シ政令ヲ以テ之ヲ定ム」と規定されている。右各規定は手数料額の決定の基準として「其ノ他一切ノ事情」を考慮するものとしていることから、受任者の拠るべき基準を明示しておらず、行政庁に白紙委任したものとなっており、憲法四一条に違反する。
立法作用の本質的部分として処理すべき問題は何かという点及びその問題をどのような種類の方法で解決すべきかという点を立法府自身が決定して指示すれば包括的・白紙的委任にならないという論理は、被告独自のもので何らの合理的根拠も見出せない。本件では、どの役務についての手数料かさえ指示されていれば何を処理すべきかは自ずと特定できるし、どのような種類の方法で解決すべきかも問題にする必要はない。要は、手数料額の積算・算出が行政府の恣意に流れることのないよう、法律において明確で具体的な算定基準を定立しているかどうかの問題である。
(二) 本件政令の根拠法の憲法三一条違反
憲法三一条は国民に対して財産上の不利益を及ぼす行政処分あるいは行政庁の決定に関しても適用される。したがって、登記簿謄本の交付等手数料の額の決定においても、適正手続が保障され、その具体的な額の決定の基準あるいは条件が法律において明確に規定されているか、または、その手数料の決定過程において国民の参加が手続として設けられていることが必要である。
ところが、本件根拠法には、手数料の具体的な金額を決定する基準ないし条件が明確に規定されておらず、また、手数料額の決定に際し国民の意見を聞く何らかの方法を設ける規定もなく、無条件に政令に委任しており、憲法三一条に違反する。
(三) 本件政令の根拠法の憲法八四条違反
手数料は、国又は地方公共団体が、国民のために行う役務に対する報償として徴収する料金等であって、公の役務の受益者に対し、その反対給付として賦課されるものであり、その本質は、公の役務の提供に必要な経費を償うために、当該役務を利用する特定人から徴収するいわゆる実費弁償金である。これに対し、租税は、国又は地方公共団体が、その経費にあてるための財源獲得の目的をもって、国民に対し一方的・強制的に賦課し、徴収する金銭であって、特定人への役務提供に対する反対給付としての性格を欠く点で手数料とは区別される。
登記簿謄本の交付の役務についていえば、個々の国民にその役務を提供する前提として登記制度を設置し、これを所掌する法務局の人的・物的組織を整備すること自体は国の責務であって、特定人に対する役務の提供ではない。そのための経費は、国の事務に要する経費として本来租税で負担すべき支出である。そして、登記事務のコンピュータ化事業も、登記制度の整備の一環として、それ自体は国の責務であり、その経費は租税で賄われるべきものである。
ところで、登記手数料は、昭和六〇年制定の登記特別会計法により、登記印紙をもって納めることとされ、その代金は登記特別会計の歳入に当てられることとなったが、その登記特別会計の歳出には、登記情報システム実施経費すなわち右に述べた登記事務のコンピュータ化の経費や施設費等が計上されている。これにより、本件手数料は、本来租税で負担すべき登記事務のコンピュータ化経費にあてるための財貨獲得の目的をもって徴収され、コンピュータ化経費を見込んでその額が決定されるようになった。
右の結果、本件手数料は、登記簿謄本交付の申請者に対し実費弁償金を超える負担まで課すものとなり、役務に対する報償ないし反対給付としての性格を喪失して、実質的に租税に転化したものである。
しかるに、右のとおり実質的に租税と同一である本件手数料を規定している本件根拠法は、前記のとおり包括的・白紙的委任規定となっているから、租税法律主義を定めた憲法八四条に違反する。
2 本件政令は本件根拠法に違反し、無効であるから、これに基づく本件処分は違法である。
(一) 本件根拠法が定める登記簿謄本交付手数料は、役務に対する報償として徴収する料金であって、公の役務の受益者に対しその反対給付として賦課されるものであり、その立法者は、「手数料」の名目でコンピュータ化経費の一部を負担させることなど予定していない。
しかるに、本件手数料の額は、前記のとおり、本来租税で負担すべき登記事務のコンピュータ化経費への支出に充てることを見込んで決定されており、手数料としての性格を逸脱し、本件根拠法の委任の範囲を超えており、ひいては、法律の根拠なくして新たに租税を課すこととなり、憲法八四条に違反する。
また、仮にコンピュータ化経費を「登記簿謄本の交付等に要する実費」の中に算入することが許されるとしても、コンピュータ化経費のうちの一定部分は登記の審査等事務(甲号事務)の処理に要する経費のはずである。手数料の額を決定する際に考慮の対象となるべき「実費」とは、あくまで「登記簿の謄本の交付等」の登記情報管理事務(乙号事務)の処理に要する経費を指し、これと登記審査等事務(甲号事務)の処理に要する経費とは区別されなければならない。したがって、コンピュータ化経費の全てを登記簿の謄抄本の交付等に要する実費に算入することはできない。ところが、本件手数料の額の決定にあたっては、甲号事務の処理に要する部分を含めて「実費」が計算されており、本件根拠法の委任の趣旨を逸脱している。
(二) 登記簿謄本交付手数料の額は、通数によって定められるようになった昭和五二年三月一日には一通当たり三〇〇円であったところ、昭和五五年一二月一日から一通あたり三五〇円に(増額率16.66パーセント)、昭和六〇年七月一日から一通当たり四〇〇円に(増額率14.28パーセント)、平成二年四月一日から一通当たり五〇〇円に(増額二五パーセント)、平成三年四月一日から一通当たり六〇〇円に(増額率二〇パーセント)、そして本件政令により平成五年一月一日から一通当たり八〇〇円に(増額率33.33パーセント)なったものであり、今回の改正は、手数料の額が通数により定められるようになってから最高の増額率であり、この二年九か月間で二倍の額になっている。
類似の制度である戸籍謄本交付手数料の額は、昭和五八年四月一日に一通当たり二〇〇円から三〇〇円になり、今回の登記簿謄本交付手数料の改訂と同時期に一通あたり四〇〇円となっており、登記簿謄本交付手数料の額は、昭和五八年四月一日当時に戸籍謄本交付手数料の額とほぼ同額であったものが、今回の改正では二倍となっている。
また、登記手数料令七条は、国又は地方公共団体の職員が職務上請求する場合には手数料を無料とする旨を規定し、利用者間における負担の不公平な取扱を認めている。
右のとおり、本件政令は、著しく合理性及び社会的妥当性を欠く手数料額を定め、かつ利用者間の不公平な取扱規定を温存するものであり、本件根拠法により委任された趣旨に違反し無効である。
三 被告の主張
1 本件根拠法の憲法違反の主張について
(一) 本件根拠法の憲法四一条違反の主張に対して
委任立法の限界として白紙委任が違憲であるとされるのは、立法府が自ら行うべき立法作用の本質的部分を放棄して、それを非公開の他の国家機関に委譲したような場合であると解され、対象の特定性及び方法の明確性は、立法の本質的部分として立法府自身が決定して指示しなければならない部分である。これに対して、立法府によって示された一定の方向の解決方法に従って、具体的な内容を決定することは、立法府が意図し予定した立法内容の具体化にすぎず、立法権限の本質的部分を代行するものではないから、委任の必要性と相当性とが認められる限り、その委任を違憲とすべきものではなく、対象と解決方法の指示が、法律全体の趣旨、文言等から合理的に導きだすことができれば足りるのである。
そこで、これを本件根拠法についてみるに、これらの規定は、手数料の額が、物価の状況、登記簿の謄抄本(登記事項証明書、登記ファイルに記載されている事項を証明した書面)の交付等に要する実費、その他の事情を考慮して臨機応変に定める必要があることから、不動産登記法等で定めずに別に政令に委任したものであって、その趣旨は合理的であり、しかも右に挙げた具体的な事情を考慮して手数料額を決定することを政令制定者に委ねたものであって、対象の特定性に欠けるところはなく、また、手数料の額を、物価の状況、登記簿の謄抄本の交付等に要する実費、その他の事情を考慮して臨機応変に定めるものであって解決方法も明確であり、立法権にとってかわるような程度にまで委任されたものとは到底いえない。
さらに、手数料の額は、専門的・技術的事項に関するものであるとともに、事情の変化に即応する機敏な適応性が要求される事項であって、立法機関が全面的に処理することは必ずしも適切でない分野であるから、政令に委任することは合理的かつ相当である。
したがって、本件委任が立法権限の本質的部分を代行する包括的・白紙的委任ではない以上、原告の右違憲の主張は失当である。
(二) 本件政令の根拠法の憲法三一条違反の主張に対して
本件手数料の額は、本件根拠法により適法に委任された政令で定められたものであって、手数料を定めること自体は国会の定める法律によるものであり、ただその額の決定を政令に委任しているものであって、本件委任に前項に述べたように合理性がある以上、手数料の額が法定される必要も、また手数料の額の決定手続に国民の参加する必要もないというべきである。
したがって、憲法三一条によりこれらが必要であり、これを欠く本件政令の根拠法は違憲である旨の原告の主張は失当である。
(三) 本件政令の根拠法の憲法八四条違反の主張に対して
(1) 憲法八四条における租税とは、国又は地方公共団体が、その経費にあてるための財源獲得の目的をもって、国民に対し一方的・強制的に賦課し、徴収する金銭をいい、これに対し、手数料は、国又は地方公共団体が、国民のために行う役務に対する報償として徴収する料金等であって、公の役務の受益者に対し、その反対給付として賦課されるものである点において、国民一般に対し強制的・一般的に賦課される租税のような権力的課徴とは区別されるものであって、租税と同様に考えることはできない。仮に、行政上の手数料が事実上強制的に賦課されることを根拠に憲法八四条の原則が準用されると解されるとしても、租税の場合とは異なり、憲法上、その額までいちいち法律で定めることが要求されているわけではなく、その性質上賦課等の根拠を法律で定め、具体的な額の決定を政令に委任することは許されているのである。
そして、本件政令の根拠法が包括的・白紙委任的でないことは、前記(一)で述べたとおりである。
(2) 登記制度を設置し、これを所掌する法務局の人的・物的組織を整備すること自体は国の責務であって、そのための経費は国の事務に要する経費として本来租税で負担すべき支出である旨の原告の主張は、その法的根拠が必ずしも明確ではない。さらに、実費その他一切の事情を考慮して手数料を定める場合の「実費」とは、一件ごとの個別的な実費を意味するものではなく、総利用者に対する行政上の総コストを勘案して定めることができるものと一般に解されているから、本件手数料を定めるについて考慮される登記簿謄本の交付等に要する実費のうちには、施設費、事務取扱費を含む登記簿謄本の交付等に関する役務の提供に必要な経費が一体として含まれると考えるべきである。よって、本件手数料は、登記簿謄本の交付という役務に対する報償ないし反対給付の性質を超えるものとはいえない。
したがって、本件政令の根拠法が憲法八四条に違反する旨の原告の主張は失当である。
2 本件政令が本件根拠法において委任された趣旨に違反し無効である旨の主張に対して
(一) 本件手数料は、不動産登記法二一条三項の規定に従い、登記簿の謄本の交付等に要する事務取扱費、施設費に基づいて実費を積算したものであって、本来租税で負担すべきものではない。
したがって、本件政令による手数料の額は、本来租税で負担すべき支出についての負担部分を見込んだ金額であり委任の趣旨に反する旨の原告の主張は、その前提自体が失当である。
(二) 本件根拠法は、その規定の趣旨を逸脱しない範囲で具体的な手数料の額の決定を政令に委任しているものであり、他の手数料金額等と比較して著しく均衡を失していない限り、改正された登記簿謄本交付手数料の額が合理性及び社会的妥当性を欠くことにはならない。登記と同種の行政事務である自動車検査登録事務及び著作権登録事務等にあっても、自動車登録ファイル(現在記録ファイル及び保存記録ファイルに記録されている事項に係るもの)及び著作権登録原簿の謄本の交付手数料が一件につき八〇〇円である(道路運送車両法関係手数料令、著作権法施行令一四条)ことと比較して、合理性及び社会的妥当性を欠くものとはいえない。
また、国又は地方公共団体の職員が職務上請求する場合には無料とする登記手数料令七条の規定は、これらの職員が職務上する請求が公益性を帯びるものであり、官公庁が相互に協力関係にあることからすれば、不合理な規定ではない。
第三 当裁判所の判断
一 憲法四一条、三一条違反の主張について
国会が、法律により、特定の事項に限定してこれに関する具体的な内容の規定を政令に委任することは、その合理的必要性があり、かつ政令の内容が恣意に流れることのないよう、これを制約する適切な限界を設定するかぎりにおいて、国会を唯一の立法機関とする憲法の趣旨に反しない。
そこで、まず、手数料の額の決定を政令に委任する合理的必要性についてみるに、手数料の額の決定は、専門的・技術的事項に関するものであるとともに、社会の諸事情に変化に即応する機敏な適応性が要求される事項であって、立法機関が全面的にこれを処理することは、技術的に困難であり、必ずしも適切ではないから、政令に委任することは合理的かつ相当である。
次に、本件政令の根拠法が適切な限界を設定しているか否かについてみるに、右根拠法は、政令で手数料の額を定めるにあたり考慮すべき事項を、「物価の状況」「登記簿の謄本の交付等に要する実費」と具体的に列挙するものの、これに加えて「その他一切の事情」も掲げていることから、考慮すべき事項について文言上は一見無限定であるかのようである。
しかしながら、本件政令の根拠法は、登記簿謄本、抄本の交付や登記事項証明書の交付等の手数料の額を定めることを委任するものであり、委任事項は特定されている上、その額を定めるにあたっては、手数料としての本質、すなわち国が提供する右の各役務に対する報償として徴収するものであるという性質に適合する限りにおいて、列挙事由に加え、「一切の事情」を考慮できるとの趣旨であると解され、考慮できる事項につき、委任事項及び手数料の性質からくる一定の限界が当然内包されている。そして、手数料の額の定めは、物価の状況、当該役務に要する実費その他の事情の変化に即応して機敏に適応することを予定して政令に委任されるものであるから、立法技術的な側面からみても、「一切の事情」を更に具体化することは困難であり、根拠法が設定すべき限界は、右の程度をもって足りると解される。
また、憲法三一条による適正手続の保障の要請は、可能な限り行政手続にも及ぶべきものと解されるが、他面、行政手続の多様性に照らして、同条の保障を一律に全ての行政手続に及ぼしうるものではないことは明らかなところ、本件政令の根拠法の委任する事項の性質及び委任を必要とする前記の事情に鑑みると、政令への委任にあたり、政令の決定過程への国民の参加の手続を規定していないことをもって憲法三一条に違反するとは到底解されない。
したがって、本件政令の根拠法による委任をもって憲法四一条、三一条に違反するとはいえない。
二 憲法八四条違反の主張について
1 国が徴収する料金等である手数料は、役務に対する報償ないし反対給付としての性質を有する点及び役務の受益が利用者の自由意思に基づくものである点において憲法八四条における租税とは異なるものである。役務の利用が国民の生活において不可避である場合には、手数料の徴収が事実上強制的に賦課されることとなり、この意味で租税類似の側面を有すると解する余地があるとしても、物価の状況、当該役務に要する実費その他の事情の変化に即応して機敏に適応することを予定して政令に手数料の額の決定を委任する合理的必要性が認められる以上、一で判示した趣旨の限界を設定した上で具体的な手数料額の決定を政令に委任する内容の根拠法を制定することをもって足り、具体的な手数料の額まで個別的に法律で定めることが憲法上要請されているとは到底解されない。
2 次に、本件政令の定める手数料は、役務に対する反対給付としての性質を超え、実質的に租税に転化しているから租税法律主義に違反するとの原告の主張について検討するに、証拠(甲二ないし九)によれば、次の事実が認められる。
登記の事務量は、昭和三〇年代以降、経済成長に伴って著しく増加し、特に登記簿の謄抄本交付、閲覧等申請事件は大幅に増加し、事務に支障が生じる状況になった。これに対処する方策の一つとして、政府は登記事務のコンピュータ化を推進するとともに、その財源の確保のため、受益者負担の考え方に基づいて登記特別会計制度を設けることとし、電子情報処理組織による登記事務処理の円滑化のための措置等に関する法律(昭和六〇年法律三三号)及び登記特別会計法(昭和六〇年法律五四号)が制定された。
登記特別会計は、登記簿謄抄本交付等の手数料に相当する郵便事業特別会計からの登記印紙に係る受入金、一般会計からの繰入金及び借入金等をもってその歳入とし、事務取扱費、施設費並びに借入金の償還及び利子等をもってその歳出するとするものであるところ(登記特別会計法三条一項)、前記の立法の趣旨から、登記事務のコンピュータ化のための経費は手数料をもって賄うことが予定され、コンピュータ化経費を見込んで手数料の額が改定されてきた。
3 ところで、登記事務のコンピュータ化は、登記簿謄抄本交付等の事務処理の円滑化、適正化に資するものであり、登記簿謄抄本の交付等の役務を受ける者は、その利益を享受すると考えられる。したがって、登記簿謄抄本交付手数料等が、その額にコンピュータ化経費を見込んでいるとしても、役務の反対給付としての性質を逸脱してはおらず、これをもって租税に転化したものとはいえない。
換言すれば、登記制度を設置し、これを所掌する法務局の人的・物的組織を整備すること自体が国の責務であるとしても、右人的・物的組織の整備の拡充は、登記簿謄抄本の交付等の事務処理の円滑化、適正化に寄与するという関係にあり、登記簿謄抄本の交付手続が交付を申請する者の私経済活動に対する役務の供与としての性質を有することを考慮すれば、制度の設置と組織の整備自体が国の責務であることから、直ちにその人的・物的組織の整備の拡充のための経費をすべて租税で負担すべきであるとは解されない。そして、登記審査等事務(甲号事務)と登記情報管理事務(乙号事務)とが観念上区別できるとしても、両者は密接不可分の関係にあり、かつ、後者は前者の存在を前提に始めて可能となるものであって、登記事務のコンピュータ化が、右両事務の円滑・適正化に資する関係にあることからすると、手数料を定める場合において考慮されるべき登記簿謄抄本の交付等に要する実費の中には、コンピュータ化に要する施設費、右施設運用費、事務処理費等を含む必要経費も含まれる解すべきである。
したがって、本件政令の定める手数料は、役務に対する反対給付としての性質を超えるものとはいえず、その額の決定を本件政令に委任する本件根拠法が憲法八四条に違反するとは解されないし、本件政令の定める手数料が憲法の右規定に抵触するものでもない。
三 本件政令の根拠法違反の主張について
1 手数料の額の決定にあたり、登記事務のコンピュータ化のための経費への支出に充てることを見込むことは、登記簿謄抄本交付等の役務の反対給付としての性質を逸脱するものではなく、本件根拠法の委任の範囲を超えるものではないことは前記のとおりである。
また、登記事務のコンピュータ化のための経費には、登記簿謄抄本の交付等の処理に要する経費としての性質のほか、登記の審査等の処理に要する経費としての性質を帯びる面があり、観念的にはこれを区別できるとしても、現実にはこれを区別することは不可能である。このことからすれば、手数料の額を決定する際に考慮の対象となるべき「実費」とは、あくまで「登記簿の謄本の交付等」の登記情報管理事務(乙号事務)の処理に要する経費を指し、これと登記審査等事務(甲号事務)の処理に要する経費とは区別されなければならず、登記の審査等の処理に対応するコンピュータ化経費までを手数料収入で賄うことは違法である旨の原告の主張は非現実的なものである。また、そもそも、前述のとおり、いわゆる乙号事務は甲号事務の存在を前提に始めて可能となるという関係にあり、甲号事務の迅速、適正化を図ることは、結局乙号事務の迅速、適正化に資することに照らせば、コンピュータ化のための経費に観念的には甲号事務に関する経費という側面が含まれているからといって、コンピュータ化の経費について、これを登記簿謄抄本の交付により情報の提供を受け、利便を受け取る申請人に負担させることが、直ちに違法となるものではないと解される。
2 次に、手数料の額が合理性及び社会的妥当性を欠くとの原告の主張について検討するに、原告の指摘する登記簿謄本交付手数料の増額の経過及び戸籍謄本交付手数料との対比をもっては、本件手数料の額が合理性及び社会的妥当性に欠けるものとはなしえず、また、自動車登録ファイルの現在記録ファイル及び保存記録ファイルに記録されている事項の登録事項証明書及び著作権登録原簿の謄本の交付手数料がいずれも八〇〇円であること(道路運送車両法関係手数料令、著作権法施行令)と比較しても、本件手数料の額が合理性及び社会的妥当性を欠くものとは認められない。
さらに、国又は地方公務員の職員が登記簿謄抄本の交付を職務上請求する場合には手数料は無料とする登記手数料令七条の規定は、これらの請求が公益性を帯びるものであり、官公庁が相互に協力関係にあることを考慮すれば、原告の主張するように不公平な取扱を定めているものとは解されず、右規定との対比においても、本件手数料の額が合理性及び社会的相当性を欠くとは認めがたい。
3 したがって、本件政令の定めが本件根拠法の委任の趣旨に反するものとはいえない。
四 以上によれば、本件政令の根拠法は、憲法に違反するものではなく、本件政令も本件根拠法に違反するものではないから、本件政令に基づいて原告の不動産登記簿謄本交付請求を却下した処分は適法であり、原告の請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官渡辺修明 裁判官中山孝雄 裁判官鈴木芳胤)